青木宣親選手は日本プロ野球で活躍してからメジャーに行った選手ですね。
日本でプレイしていた時は、初めてのWBC(World Baseball Classic)の日本代表のメンバーに選ばれていました。
その青木選手が2016年からシアトルマリナーズ(イチロー選手がいたチーム)に移籍して、ポジションと打順を受け継ぐということになりそうで、盛り上がっていますね。
ちなみに契約は1年ということで来年の活躍が期待されますね。
というわけで、今回の記事の内容は青木宣親選手の背番号について、メジャーリーグでの怪我などについて書いていきたいと思います。
青木宣親選手のプロフィール
引用元:http://www.zakzak.co.jp/
生年月日:1982年1月5日
身長:175cm
ポジション:外野手
日本プロ野球での選手歴
2004年〜2011年:東京ヤクルトスワローズ
メジャーリーグでの選手歴
2012〜2013年:ミルウォーキー・ブルワーズ
2014年:カンザスシティ・ロイヤルズ
2015年:サンフランシスコ・ジャイアンツ
2016年:シアトル・マリナーズ
青木宣親の今までの背番号は?
日本プロ野球では東京ヤクルトスワローズのみ、メジャーに行ってからは4つの球団を渡り歩いていますね。
というわけで、背番号はどう変わってきたのかというと、
東京ヤクルトスワローズ(2004〜2009):背番号「23」
東京ヤクルトスワローズ(2010〜2011):背番号「1」
ミルウォーキー・ブルワーズ時代(2012〜2013):背番号「7」
いままでヤクルト時代に使っていた背番号が空いていなかったため、「7」に
カンザスシティ・ロイヤルズ(2014):背番号「23」
サンフランシスコ・ジャイアンツ(2015):背番号「23」
シアトルマリナーズ:未定
という感じで、23という背番号に特別な思いがある青木選手はできればマリナーズでも23番をつけたいんじゃないかって思いますが、残念ながらマリナーズでは空いている番号ではないようです。
そうなってくると空いている番号にするしかないと思われますが、イチロー選手がいなくなってから51番も空いているようでどうなるか楽しみではありますね。
メジャーでの怪我はどんなのがあった?
怪我と言っても程度があるので、ここでは故障者リスト入りするくらいの怪我について見てみたいと思います。
メジャーにいってから最初はスタメンではなかったですが、1年目の途中からスタメンに定着して、結果を残していました。
ブルワーズ時代の2年間は大きな怪我もなく順調でしたが、ロイヤルズに移籍してからは肉離れで初めての故障者リストに入りました。
この肉離れですが、軽い程度のものだったため、3週間程度で復帰した。
そして2015年のサンフランシスコ・ジャイアンツ時代は、
6月20日に足へのデッドボールでの骨折、
8月9日に頭にデッドボールを受けてからの不調
詳しくはこちら
⇒青木宣親を苦しめている脳振とうとは?ジャスティン・モーノーはそこから復帰している?
そのあとは脳震盪や成績低下でスタメンを外れそのままシーズンを終えてしまうという結果になった。
というわけで、デッドボール(死球)による怪我が多いですね。実は故障者リストには入っていませんが、死球をうけたまま痛みを我慢してプレイしていたこともあったようで、かなりそういうケースが多いみたいですね。
死球をうけて怪我をするっていう話はよく聞きますが、青木選手の場合はなぜかそういうパターンが多い気がしますね。
日本と違ってメジャーでは球速が早かったりするのも避けにくかったりボールが当たった時のダメージが大きかったりということに関係しているのかもしれませんね。
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